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宮沢賢治「雨ニモマケズ」について(原文、現代語訳付き)

宮沢賢治「雨ニモマケズ」
学校の教科書等にも載っていて有名ですよね。

私はこれが大好きでありましてたいへん感銘を受けています。

実は意外に知られていないのですが、この「雨ニモマケズ」は宮沢賢治の死後に発表された”遺作”なのです。

なので尚更感慨深いものがありますよね。現代人にこそ、読んでもらいたいですよ。

多分解釈の仕方は人それぞれだと思うんですけど。私はこの詩そのものを実行しろということではなくてあくまで理想と志という事だとおもうのです。

特に好きな箇所が2点ありまして

“慾は無く決して怒らずいつも静かに笑っている”

の部分と最後の

“褒められもせず苦にもされずそういうものにわたしはなりたい”

のくだりが非常に好きでしてね。日本人のいいところの最上を言い表したかのような言葉ですよね。

“いつも静かに笑っている”のところを読むと泪がでてきます。

なぜかはわかりませんがその尊大さなのかもしれないですね。

心に沁み入るとはこのことをいうのでしょう。

素晴らしすぎる。

民主主義、実力主義、欧米化なんかでこういうことは忘れてしまいがちです。

心が荒れているのかもしれません。

自分だってもちろんムカつくことや怒りの感情になることはあります
でも、そうなりそうになるとこの詩を想い出すようにしてます。

ある意味で不可能に近い程の人間の理想像なのです。

いつか自分もこの「雨ニモマケズ」のような人物に1mmでも近づけるようになっていきたいものです。

最後に現代語訳と原文を記載しておきます。

知っている方も今一度読み返してもらいたいと願います。

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体をもち

慾は無く

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きしわかり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

 

(原文)

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラツテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジヨウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ陰ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ツテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハ

ナリタイ

以上。

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